父の朝顔

庭の木に、セミの脱け殻…。 

今年も、たくさんの命が生まれた…。 

7年かけて、温めた命は、 力の限りに夏を楽しむ。 

その、一瞬のために…。 そして、また、命を繋ぐ…。

 今年も夏がやって来た。 

 風鈴の心地よい音色。 

サンキャッチャーの虹色。

 いつも、父の座っていた窓辺に、写真の中で微笑む父がいる。 

離れて生活をしてきた私は、いまだ、父が出掛けていて、ふらりと帰ってくるようで、

しかたありません。 

 もう、おかえりなさいのない、 永い旅にでかけたのにね… 

父は、厳しい人でした…。 

昭和を生き抜いた年代、頑固な人で、 晩年、母は、 大変な思いをしてきました。 

今思えば、それは、なにかしらの病、そして、認知の始まりだったんだと思えますが、

その頃は、どうしていいのかわからずに、道を模索しながらの毎日。 

ある夜、突然の胸の痛みを訴えながらも、気丈にもその痛みのなか、

自分で救急車呼んで病院にいった父は、病院についたその日から、

あの世とこの世を何度も往復して、息切るまで、生ききることをみせてくれました。 

そして、本当に、穏やかに、そっと…。

 静かに、父は旅だって逝きました。 


 あれからちょうど 2年…。 


今年も、父が植えた朝顔のこぼれた種が、芽をだしたくさんの花を咲かせます。 

父が亡くなった年にさいた朝顔は、 全て白色の花。 

そこには、ずっと、赤も紫もあったのに…。 

まるで主の、旅立ちを知っているように、白色の朝顔が咲いている…。 

そんな朝顔の手入れをしながら、 晩年の苦労から解放されて楽になった母は、

ひとりの、淋しさを感じながら生きてます。 

お互いに、ありがとうと、あの頃、その言葉を口にしていたら、 

もっと、違った夫婦の、晩年の物語があったかもしれないなと思います…。 

誰もが老いからは、逃れられない。 

それでも、 親から子供へ、 子供から孫へ、 孫から曾孫へと、 命のバトンリレーは永遠…です。


 我が家の孫も、もうすぐ3歳。 悪戯盛りになりました。 

彼は、どんな人生を生き抜くのだろうか…と考えます。 

父の法要の日に感じました。 

それは、不器用ながら、一生懸命、家族を大切にしようとしてきた、 

父の優しさ、 父の偉大さ、 父という存在…。 


ありがとう…。 貴方の娘も歳を重ねました…。 

今年もまた、命のお勉強…。 

 今年は朝顔の種をもらってこよう…。 

 そして来年は、 種に宿る、無限の命を育ててみよう…。 

 私の朝顔は、 何色の花だろうか…。


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